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2009年3月

2009年3月21日 (土)

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少しその空気に触れるだけで脳の中で瞬間的に電気が走るように何かが動きだす感じ。だからゆっくり時間をかけて吸収していくのではなく瞬間で充分だったんだ。ブラックホール→建築→そして無機質。次は何か?

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2009年3月 3日 (火)

比例する問題

最近ふと思った、人間が面倒なのは脳がある一定の方向に向かって、(一方通行)に認識する癖があるためではないかと急に思った、脳のスペシャリストからすれば当然という事になるのかも知れない、正解ならの話。ただ俺が興味があるのは別に本を読んだり情報を得た上での考えではなくて、自分の中で急にひらめいたという初期衝動これに魅力を感じる、情報を見てそりゃそうだ、と思うよりもモヤモヤとした中で何かをつかみ取る感じの方が生きてると実感できる。遠回りでアナログ的ではあるけれど。発見が面白いのでありただ中身のない答えがいいのではない。要するに今ある社会を当たり前のものと認識している事が面倒にさせているのでは?と。そもそもそこにある物は人が作り出した物が大半であり、ほぼ自然ではなく偽造もの。人の意思から始まったもの、自然の素材は別として。だからいつ壊れてもおかしくないし、なくなっても不思議ではない、しかし人はその安定の上に立っている事をサーカス団のナイスなショーほどに素晴らしく忘れる。それでなくなった時に騒ぎ始める。何故そういう同じ事を淡々とゲームのように繰り返す事ができるのか?やっぱり脳の一方通行の認識によるものだと思える。遺伝、業。様々な目に見えない要素もあるとは思うけど。。。しかし俺は最近精神的に以前より楽になったと思う。あきらめるすばらしさとやっと出会えた気がする。特に今思う事は自分が過去感じてきた脳の認識、癖を客観的に判断し、それを楽しみ、逆を考えてみたり、ストレートにいったりと、遊びが含まれてきたせいだと思ってる。考える角度が毎回同じだと行き詰まる。めちゃくちゃな角度も時には必要で、そういう回路を常に脳にはりめぐらせたいと感じる、宇宙となるとスケールが大きすぎるけど俺はそういう喩えが好きなのでついつい使ってしまう。これも面白い話だ、俺が何故そういう表現が好きなのか?アホなだけだ。とにかく夜中の独り言としては馬鹿げている内容だ。が最後に。俺なりの書き方で締めくくるとしたら、意識を別とした生命のくり返しの純粋な法則から脳の認識(悪い癖)は非常に面倒な問題を引き起こすという事。脳に支配されているけど脳を上手く使いこなせ、というのが今の俺のブーム。単純に脳が法則を理解しさえすれば人生少しは楽しみを見いだせるというのが俺の考え方。まず俺は不幸だ、世の中は終わってるとまじで思えている人は、それと同じくらいに俺は幸せだ、世の中は素晴らしすぎると思える世界がすでに用意されている事に気付くべきだと思う。一方的に捉えてしまうのは脳の悪い癖。純粋な法則はどちらでもなくゴムのようにどちらに今引っ張っているか、ただそれだけの事なんだと感じるのである。であるって何故そんな言葉を使うのか?笑える。詩人気取りか。これもくだらなくもどこか意味のある娯楽でありゴミ。俺は今どっちに引っ張っているのか?

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